これまで誰も口にしたことがない「黒潮酵母」が醸したそば焼酎が誕生

誰一人試みなかった新素材「そば」への挑戦

九州島で最初に海上に姿を現した地域だといわれる宮崎県・五ヶ瀬町に湧く水は、4億3千万年前の地層で櫨過されている。この地で、日本初のそば焼酎は誕生した。1973年のことである。
創業間もない雲海酒造(当時は五ヶ瀬酒造)は「これまでにない原料で、画期的な焼酎を造りたい」そんな意気であふれでいた。
幸運とは、実は足元にあるものである。宮崎の北西部では、昔から焼き畑にそばを育てる農家が多かった。

そばで焼酎が造れないか?

胸踊る斬新な発想であったが、商品化への道のりは困難を極めた。誰も成功したことのないそば原料での焼酎造りは、仕込み方法から貯蔵方法に至るまで、一から十まで手探り状態だった。
なかなか思い通りの味が出ない。試行錯誤が始まって半年が過ぎた頃、蔵に貯蔵していたそば焼酎の原酒に変化が生じてきていた。周囲には、豊かな芳香が立ちこめはじめた。口にふくんだ瞬間に感じる上品な甘みも、これまで経験したことがないものだった。こうして日本初のそば焼酎が誕生した。

母なる海からの恵み未知の黒潮酵母

雲海酒造の開拓者精神は、現在でも健在のようだ。本格そば焼酎「吉兆雲海」には、革新的な酵母が使用されているのだ。焼酎博士の南九州大学教授・小川喜八郎氏の「海の酵母で焼酎を造る」という発案に雲海酒造研究開発部が共鳴したのだ。かいたかのり研究開発部部長・甲斐孝憲氏は「海でも生きられるとは一体どんな酵母なのだろうと非常に興味が湧きました」と語る。研究は海水や海の生物の採取から始まる。沖縄の石垣島にまで採取に行ったこともあった。取り出したサンプルは500種類を超える。そして採取したサンプルをふるいにかけていく。酵母かどうか、発酵があるか、発酵が強いか、焼酎造りに適した酵母なのか、原料のそばや麹との相性はどうか・・・。
そして、ついに地元宮崎沿岸の自然が豊かな中から発酵力が非常に強いトップクラスの酵母が発見され、「日向灘黒潮酵母」と名付けられた。この酵母で造った「吉兆雲海」は深みがあってキレがある。ロックはもちろん、割っても余韻を楽しめる。
甲斐氏は「今までにないものが造れたので最高の喜びです。嬉しい限りです。現場にそば焼酎造りのノウハウの蓄積や技術力があったからこそ、研究成果を忠実に再現した焼酎ができあがりました」と話す。

やんちゃな酵母に悪戦苦闘の日々

日向灘黒潮酵母の大きな特徴は耐熱性が高いことである。通常の酵母が30度付近を境にその活動を弱めるのと比べ、この酵母は40度近くでも活発に活動を続ける。そば焼酎の芳香を際立たせるなど、飲む側にとってはありがたい元気な酵母も、造る側にとっては、時にやんちゃが過ぎる場合もある。
糖化と発酵が同時に進む「並行複発酵」方式を採用する焼酎造りでは、この二つのプロセスが同時にタイミングよく進行することが大切である。しかし日向灘黒潮酵母の場合、油断をするとそのバランスが崩れやすい。これまでより厳密な温度管理と、きめ細やかなもろみ管理が必要となるわけだ。
焼酎のアルコールは酵母が糖質を分解して生まれる。この糖質を生みだす役目を担うのが麹である。むろん仕上がりに大きな影響をあたえる麹造りの工程にも、柵細心の注意が払われた。吉兆雲海に使用されるのは黒麹である。麹菌を増殖させる麦を蒸し主げるポイントは、外硬内軟。外をしっかり内を柔らかく仕上げることで、糖化力の強い最良の麹をつくることができるのだ。

麹の出来を判断するのは杜氏の仕事である。雲海酒造五ヶ瀬蔵の試験室には測定機器が並べられているが、最終的には杜氏が麹を噛んだ感覚で判断しているということだ。杜氏や蔵人の手塩にかけられて熟成されたもろみは、本格焼酎ならではの蒸留法である単式蒸留で行われる。
蒸留を一度しか行わないこの工程のおかげで、原材料であるそばの風味が生かされるわけだ。その後、熟成タンクの中でじっくりと眠りにつくこととなるわけだが、この間、アルコール分子と水の分子が結びつき、刺激が少なくなり、まろやかな味わいとなる。また香味成分は、空気とふれることにより、芳醇な香味にさらに磨きがかかってくる。熟成した原酒の割水にも、仕込み水と同様に4億3千万年前の地層によって漉過された岩清水が用いられる。
これまで誰も口にしたことがなかった、黒潮酵母が醸した本格そば焼酎「吉兆雲海」。研究室と現場のチームワークを始め、社員が一丸となってできあがったこの銘酒をぜひ堪能してほしい。